神戸地方裁判所 昭和60年(わ)1051号 判決 1989年4月19日
主文
被告人両名をそれぞれ罰金八〇〇〇円に処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用はその二分の一ずつを各被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人山口富造は、部落解放同盟兵庫県連合芦屋支部(以下、「芦屋支部」という。)支部長、被告人好井弘行は、芦屋市部落解放労働事業振興会(以下、「振興会」という。)理事長であつたものであるが、
第一 被告人山口富造は、昭和五九年八月三一日、芦屋市議会から、さきに同市議会が同市の地域改善対策事業のありかた等を検討する目的で設置した地域改善対策特別委員会が行う、同市の芦屋支部に対する補助金の使途など地域改善対策特別措置法の施行に伴う同市の同和行政のあり方等に関する調査のため、芦屋支部の昭和五〇年度以降昭和五七年度までの補助金の出納管理及び使用状況に関する記録を同年九月一〇日までに提出するよう求められたにもかかわらず、何ら正当な理由がないのに、右記録を提出せず、
第二 被告人好井弘行は、同年八月三一日、同市議会から、、右特別委員会が行う、同市の振興会に対する補助金及び委託料の使途など右同様の調査のため、振興会の昭和五〇年度以降昭和五八年度までの補助金等の出納管理及び使用状況に関する記録を同年九月一〇日までに提出するよう求められたにもかかわらず、何ら正当な理由がないのに、右記録を提出しなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、(1)芦屋市議会からの本件記録提出請求は、被告人ら個人の住所あてではなく、団体の所在地あてになされたものであり、また、被告人らは各団体の代表者の地位にあつても右記録の所有者ではなく、提出権限もないのであるから、右要求は、右記録を保管、所有する各団体に対し、地方自治法一〇〇条一〇項に基づいてなされたものと解するのが自然であり、被告人らに対し、同条一項に基づく記録提出請求はなされていないのであるから、本件は同条三項の前提を欠くものある。(2)芦屋市議会の芦屋支部及び振興会に対する本件資料提出請求は、これまで芦屋支部及び振興会が積み上げて来た同和行政を縮少、廃止しようとする意図でなされたもので、市議会の目的とする調査のためには、これまでに市当局から提供された資料あるいは説明によつて、十分事足りており、その調査目的と本件で提出を求められた帳簿類とは合理的関連性がないか、あるいは明確でない上、その必要性もなく、振興会つぶしを目的とする調査権の乱用というべきで地方自治法一〇〇条の立法趣旨を逸脱しており、また、具体的必要性の明示もしない本件資料請求は、独自の活動内容につきプライバシーを有する芦屋支部に対し、議会調査権に名を借りた弾圧であつて、被告人らには市議会の右請求を拒否する正当な理由があるから、被告人らはいずれも無罪である旨主張し、被告人両名も当公判廷において同旨の供述をしているので、以下これらの点について検討する。
第一 関係各証拠により認定される事実(略)
第二 当裁判所の判断
一 地方自治法一〇〇条一項及び三項の「選挙人その他の関係人」について
前記認定事実によれば、本件において芦屋市議会は、地方自治法一〇〇条一項に基づき、「市長の同和行政見直しの基本姿勢と地域完全対策特別措置法の制定に伴う今後の方向及び事業のあり方に関する調査」のため、芦屋支部及び振興会に対し、昭和五〇年度以降のそれぞれに対する補助金(振興会については更に委託料)の執行状況を明らかにする資料の提出請求をしたものであるところ、地方自治法一〇〇条一項によれば、普通地方公共団体の議会は、当該地方公共団体の事務に関する調査を行うにあたり、「選挙人その他の関係人」の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができるとされており、右出頭及び証言を求められる「選挙人その他の関係人」は、事柄の性質上自然人のみを指すことはいうまでもないが、記録の提出請求の相手方については法人を除外すべき格別の理由もないのであるから、記録提出請求の相手方となる「その他の関係人」には、自然人のみならず法人等の団体も含まれると解するのが相当であり、従つて芦屋支部及び振興会に対する本件請求は、市議会の決定のとおり、地方自治法一〇〇条一項に基づいてなされたものであつて、弁護人主張のように、これが同条一〇項に基づく請求であるということはできない。
しかして、市議会の右請求の名あて人は、もとより前記団体を離れた個人としての被告人らではなく、右団体をそれぞれ統轄代表する立場にある被告人両名にあてられたものであり、被告人らは、それぞれの団体の代表者として右請求に応じ各資料を市議会に提出すべきであつたのに、正当な理由なく右請求に応じなかつたものである以上、地方自治法一〇〇条三項の処罰規定の適用を受けるものであることは当然である。
なお、同条三項は自然人に対する処罰規定であり、同法では同条一項の請求に応じなかつた法人等団体に対する処罰規定は設けられておらず、従つて、被告人らが代表する各団体自体は処罰されないと解するほかはないのであるが、被告人らが各団体の機関として、各団体を代表し直接行つた行為は、すべて団体の行為に転化して存在しなくなるものではなく、なお代表者個人の行為として存在するというべきであるから、直接の行為者である被告人らは、同条三項の「その他の関係人」として同項の処罰規定の適用を受けると解するのが相当である(東京高等裁判所昭和五一年三月一日判決高刑集二九巻二号二〇五頁以下参照)。
また、同条一項の記録提出請求を受けた「その他の関係人」としては、右記録の提出権原を有すれば足りるのであつて、弁護人主張のようにその所有権まで必要とすべき理由はなく、被告人両名がそれぞれの団体の統括代表者として本件記録提出の権原を有していたことは、現に本件各資料を各団体の代表者として検察庁へ任意提出していることからも明らかである。
従つて、弁護人の前記(1)の主張は採用することができない。
二 正当理由の有無について
前記認定の事実によれば、芦屋市議会においては、昭和五七年八月ころ、同対法の失効に先立つての同対協の内閣総理大臣あて意見具申、あるいは、地対法の施行に伴う各省の事務次官通達及び兵庫県知事からの指示等の趣旨に鑑み、同法の施行を機に、これまでの芦屋市の同和行政の在り方及び諸施策を検討し、見直しをする必要があるとの意見が支配的となり、二八名中一九名の議員で構成する地域改善対策議員団会議名で、同年九月芦屋市長に対してその旨の申入れをしたのを始めとして、同年一〇月以降の定例本会議あるいは各種委員会等においては再三にわたり、同市の同和行政の諸施策が論議の対象となつたが、その審議の過程において、同対協の指摘する諸点あるいは、適正化、効率化についての同市の対応は不十分であるとして、同市の同和行政見直しの姿勢が厳しく問われ、殊に振興会の在り方、同会に対する補助金、委託料等予算の執行状況、芦屋支部に対する補助金の使途状況についてかずかずの疑問が出され、これらを解明するため市議会に設置された地域改善対策特別委員会において市から提出を受けた資料により審議が続けられたものの、右資料及びこれに基づく市当局の答弁では右疑問点及びその実態が解明されず、同委員会としてはこれを明らかにするためには、予算執行状況を関係帳簿等によつて調査するほかないと考え、同市を介して芦屋支部及び振興会に対し、口答あるいは書面で再三にわたり右資料の提出方を求めたが、いずれも拒否され、しかも、この間に、芦屋支部に対する補助金の一部が市議会議員選挙に費消されたとの疑惑も生じたため、右委員会においては、これらを調査する目的で地方自治法一〇〇条に基づく調査権の付与を受けた上、芦屋支部及び振興会に対して前記資料の提出請求をしたものの、被告人らは市議会側が被告人らの求釈明に応じないことを理由として、右資料を提出しなかつたものであつて、この間の経緯に照らすと、市議会における本件資料の必要性及び市議会の調査目的と、本件において提出を求めた帳簿類等が合理的関連性を有することはいずれも明らかであつて、市議会の本件資料提出請求は、その手続においても、これを違法ないしは不当とすべき何らの理由もなく、また、地方自治法一〇〇条の立法趣旨から逸脱し、あるいは権限の乱用と目すべき何らの事情もうかがうことはできない。
しかして、市議会は、地域住民を代表する議員で構成され、地域の住民の意思を当該地方公共団体の行財政運営全般に反映するために設置された意思決定機関であることから、市議会の決定は住民の意思として尊重されるべきであり、特に本件においては、事柄が住民の税金でまかなわれる補助金等に関するもので、しかも、その額は極めて多額であつて、地方自治法一〇〇条が地方公共団体の議会に調査の権原を付与した趣旨に照らしても、本件市議会の同条一項に基づく資料提出請求に対し関係人としては、特段の事情のない限りこれに応ずべき義務があるものである。
ところで被告人らは、市議会からの資料提出請求に応じなかつた理由として、市議会が被告人らの求釈明に応答しなかつたことをあげるが、市議会としては、それまでの被告人らとの折衝の経過等からしても被告人らは同対法の失効と地対法施行の経緯、地対法施行から本件資料提出請求までの約二年余の間の国、県、市の同和行政に対する動向及び市議会の本件資料請求に至る経緯も十分に承知しており、市議会において、被告人らの求釈明に応答しても、もともと同市における同和行政の見直しに反対の立場にある被告人らが容易に納得するとは考えられず、いたずらに書面による議論を重ね、手続を遅らせるのみであると判断し、求釈明に応じなかつたものであることがうかがわれ、前記認定のこの間の経緯等に徴すると、市議会が被告人らの求釈明に応答しなかつたことを不当ということはできず、従つて右の点は、資料提出を拒否する正当な理由とはならないというほかはない。
また、弁護人主張のように、芦屋支部には、その独自の活動内容につきプライバシーがあるとしても、同支部は昭和五〇年度以降昭和五七年度まで芦屋市から多額の補助金の交付を受け、その経費の殆んどをこれによつてまかなつて来たものであり、本件資料提出請求は右補助金の執行状況の当否を調査し、右金員の一部が市議会議員選挙に使われたとの疑惑を解明しようというものであつて、前記地方自治法一〇〇条一項の趣旨あるいは芦屋市の「補助金等の交付要項」の趣旨等に鑑みると、芦屋支部には市議会の右調査に必要な資料を提出すべき義務があり、プライバシーを理由としてこれを拒むことはできないというべきである。
その他証拠を検討しても被告人らに本件資料提出請求を拒否するにつき正当な理由ありとする何らの事情も認められないので、弁護人の前記(2)の主張も採用することができない。
(法令の適用)
被告人両名の判示各所為は、いずれも地方自治法一〇〇条三項(同条一項)、罰金等臨時措置法四条一項に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金八〇〇〇円に処し、被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、刑法一八条によりそれぞれ金二〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりその二分の一ずつを被告人両名にそれぞれ負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、同対法が失効し、これに代わつて地対法が施行されたのに伴い、芦屋市市長及び同市市議会において、それまでの芦屋市の同和行政の見直しの意向を明らかにし、地域改善対策特別委員会を設置するなどして調査を開始したのに危ぐ感を抱いた被告人らが、それぞれの代表する団体に対し請求された補助金等に関する資料提出に正当な理由なく応じなかつたという事案であるが、本来、市議会の決定は地域住民の意思と見るべきであり、しかも事柄が、住民の税金でまかなわれる補助金等に関するものであつて、地方自治法が市議会に調査の権限を付与した趣旨に照らしても被告人らとしては市議会の本件請求には応ずべきであり、それがひいては、つとに同対協の指摘する「広く住民一般のコンセンサスを得ること」にもつながると考えられるのに、これらの点に思いをいたさず、正当というべき理由もないのに、かたくなに右請求に応じようとしなかつた被告人らに対しては、本件刑事責任を否定することはできない。
しかしながら、被告人らの本件所為は、前記のとおり是認はできないものの、被告人らとしてもそれなりに同和行政の将来につき案じていたもので本件資料の提出拒否は単に被告人両名のみの意向にとどまらず、芦屋支部構成員らも被告人らと同様な意向を有しており、被告人らはこれを代弁したものとも認められること、被告人らは永年にわたり、いわれのない不当な差別に苦しめられて来た同和地区住民のために、その社会的、経済的、文化的向上を目指して真しに努力を重ねて来たもので、これまでに果したその功績は大きいこと等の被告人両名に有利な諸事情をも考慮したうえで、主文掲記の量刑をした次第である。
よつて、主文のとおり判決する。
(近藤道夫 岡田信 森岡孝介)